ザ・国策捜査が目指すのは自動運転時代を見据えた「日産国有化」か

  日産自動車は5日、臨時取締役会で4月8日に臨時株主総会を開くことを決議した。議題は①カルロス・ゴーン氏とグレッグ・ケリー氏の取締役解任②ルノー会長のジャンドミニク・スナール氏の取締役選任──に限定するという。一方、特別背任罪などで起訴されたゴーン氏の後任会長については、三菱自動車の益子修会長兼CEOの名前も浮上。会長選びは日仏関係者の思惑が絡んで混沌の度合いを深めてきたようにも見える。

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 ゴーン氏逮捕までには昨年3月から極秘に監査メンバーの調査が始まり、日産側の情報提供を受けて同6月ごろ検察が捜査に着手したとされている。この6月という時期に、経済産業省ナンバー2である経産審議官も務めた豊田正和氏が社外取締役に就任していたこととの関連が、識者によって指摘されている。豊田氏はゴーン氏逮捕後の12月、同社が設置した「ガバナンス改善特別委員会」のメンバーにも就任した。以下は小笠原泰氏(明治大学教授)の記事だが、これらの経過が2ページに詳しく書かれている。

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 私もガバナンス委が発足した当初は「ひょっとしたら豊田氏を次期会長に据えるのでは? 事件自体が経産省天下り先確保の陰謀か?」などと疑ったが、さすがにそれはあり得ない、と今は思っている。ただ上記の小笠原氏の記事には、逮捕直前の状況に関して次のような注目すべき部分がある。

羽田空港には、プライベートジェット機の乗客専用の搭乗口と到着口がある。ゴーン氏が搭乗していたジェットの機体番号は「N155AN」であり、Nは登録地がアメリカであることを示すので、機内の管轄権はアメリカとなり、日本の管轄権は及ばない。つまり、特捜部が国土交通省の管轄である空港の制限区域内、さらには日本の管轄権の及ばない場所に立ち入るため、当然ながら国交省から事前に了承を得ている。つまり、国交省の幹部や国交相、さらには首相官邸に事前に情報が伝わっていなかったとは考えにくい。

 

国交省の思惑

 

 ここに国土交通省の名前が出てきた。

 

 国交省は、経産省と並ぶ自動車メーカーの監督官庁である。これまでのところ、事件との絡みで国交省の存在は不思議なくらい話題になっていない。法人としてのソフト面は経産省の関与が強いとしても、血肉部分である技術とハードの面は主に国交省の守備範囲であり、この両面は不即不離だ。小笠原氏の指摘は、「自動車大手トップの逮捕がいかに重大情報であれ、監督官庁である同省に事前に伝わっていたとしても不思議はない」という可能性も示唆している。

 

 ここで、日本の自動車業界の現況に目を転じてみる。業界が現在直面している最大の課題は、何といっても自動運転化だろう。技術革新の対象は車体だけでなく、道路・市街地の整備その他広範囲に及ぶ。自動運転の普及によってもたらされるインパクトはカーナビシステムの比ではないだろうし、巨大な利権を生むのは確実だ。この巨大利権に関して、国交省は車体や走行条件などの許認可権を持つことになる。現に同省は、2020年を目途に自動運転レベル3(条件付き自動運転:緊急時のみ運転者が運転操作を行う)以上の実用化を目指して制度設計を急いでいる。

http://www.mlit.go.jp/common/001268639.pdf

 

 そんな時期に、世界第2位の販売台数を誇る三社連合の主導権を、経営統合によって外国メーカーであるルノーに握られるのは同省にとって歓迎できる話かどうか? 現にルノーは昨年10月、レベル4(高度自動運転化:限定された条件下で完全自動運転を実現)相当のエンジン搭載車を発表。レベル3での実用化を目指す日本メーカーが後塵を拝しているのは否定し難い状況になっている。

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 さらに、国交省そして首相官邸と来れば連想されるのが、同省の元住宅局長で首相補佐官和泉洋人氏だ。加計学園獣医学部新設問題では、16年9月に前川喜平元文部事務次官を官邸に呼び、国家戦略特区での獣医学部設置に早急に対応するよう強く迫ったとされている。http://bunshun.jp/articles/-/7373もちろん和泉氏がゴーン氏逮捕に何らかの役割を果たしたと言っているわけではないが、政権中枢にあって、国交省の省益拡大に一役買っていると推測することはできる(もっとも住宅技官の和泉氏にとって、省内では住宅局長が最高ポストではあった)。

 

 要するに同省としては、海外メーカーに引きずられるような格好で自動運転時代を迎えたくない。何が何でも主導権を握りたい。そんな動機は十分にあるわけだ。

 

▼「会長ポスト強奪」の印象は払しょくできるか

 

 さて、日刊ゲンダイが日産次期会長に名前を挙げた益子修氏だが、早大政経学部卒の三菱商事出身で今月19日に70歳になる。ゴーン氏が技術者出身だったのとは対照的だ。良くも悪くも政権の意のままに動いてくれそうな人ではある。奇しくもNHK前会長の籾井勝人氏も商社出身(三井物産)で、「政府が右と言うことを左と言うわけにはいかない」と語るなど、安倍政権に忠実な〝報道行政〟を敷いたことが思い出される。籾井氏の働きがあって、現在の政権御用放送が実現したと言えるかもしれない。


 かたや日産は民間企業であって、90年代の改革をしぶとく生き延びた特殊法人と同列には語れないかもしれない。とはいえ、鮎川義介が設立した日産自体、戦前には大日本帝国の大陸進出を産業面から担った国策会社だ。往時のノスタルジーに突き動かされている人々が政権内にいて、日産社内にも亡霊が徘徊しているとすれば、話は進めやすくならないか。

 

 トヨタは無理だが、日産ならどさくさにまぎれて「実質国有化」できる。そう考えている人が政権内にはいるのかもしれない。

 

 

 ゴーン氏が金融商品取引法違反で逮捕された昨年11月19日以降、今年2月8日までに日産の株価は9.1%下落した。この間の下落ぶりがトヨタ(-2.5%)、ホンダ(-8.0%)、マツダ(+6.8%)、スズキ(+1.9%)など同業他社に比べても目立っているのは、やはり事件の影響と考えられる(なお、日経平均全体の下落幅は-6.9%)。三社連合の一角を占める三菱自動車が-13.9%とさらなる大幅下落となっているのも同様だろう。

 

 つまり、日産が東京地検特捜部と手を結んだ「ゴーン下ろし」は、少なくとも2月8日現在、日産・三菱自2社の株主の利益に反している。

 

 なお、逮捕翌日(11月20日)の株価は前日比で日産-5.5%、三菱自-6.9%とそれぞれ急落しているが、ゴーン氏逮捕を事前に知っていた人が特捜部以外にいるのであれば、当然彼らはインサイダーということになる。

 その「事前に知り得た人々」は、日本の大甘なインサイダー取引規制の抜け穴をうまく利用して、この情報を金に変える誘惑に屈することはいっさいなかっただろうか?

 

 いずれにせよ、後任会長に日本人を据えたいというのは現在の日産首脳陣だけでなく、安倍政権の意向でもあろう。ただし、思惑通り日本人経営者を後任に据えたとしても、誰の目にも映るのは、かなり無理筋の逮捕・長期勾留という手段を用いた会長ポストの「強奪劇」である。それはうんざりするほど低劣でナショナリスティックな権力闘争の色彩を帯び、日本社会の未開性を内外に強く印象づけるだろう。当然これらを承知の上でゴーン氏逮捕に踏み切ったのだろうが、裁判で無罪となった場合、司法取引に応じた日産現経営陣、検察はどう申し開きをするつもりなのか?

 

 15日に開かれる同社のガバナンス改善委第3回会合でどのような進展があるか注目される。