「値上げに消費追いつかず」?──報道言語の〝奇形化〟が暗示するもの

 時間の制約や各方面への過剰な気配りが災いして事実関係を間違えたり、意味不明な文章を流してしまうことは往々にしてある。それが文章で生計を立てている職業ライターであったとしても、多くの心ある読者は、彼ら彼女らも生身の人間であるゆえ致し方ないと受け止め、至らざる部分を脳内補正しつつ「解読」しているのであろう。しかし寛容さも「場合によりけり」である。

 

 これは25日に配信されたTBSの記事だが、見出しの「食品値上げに消費追いつかず」は、日本語としていったいどういう意味なのか。短い記事なので全文を引用する。

 

newsdig.tbs.co.jp

【値上げ食品は販売大幅減 キャノーラ油4割減 小麦粉3割減 食品値上げに消費追いつかず】

 

食品の歴史的な値上げが続く中、スーパーマーケットでは値上げした食品の販売数量が2年前と比べて大幅に落ち込んでいるという調査結果がまとまりました。

調査会社インテージが全国およそ6000店舗のスーパーマーケットのレジ情報から分析したところ、おととし9月と今年9月を比べて、平均価格が値上がりしている食品の品目のほとんどで販売数量が減少していることが分かりました。

特に落ち込みが目立ったのは調味料です。▼キャノーラ油が4割以上と最大の落ち込みとなったほか、▼砂糖なども軒並み1割から2割ほど減少しました。また、▼小麦粉やサバ缶は3割ほど、▼カップラーメンも2割ほど減少しています。

一方で、サラダ油はほかの油と比べると割安感があったためか、販売数量が9割ほど伸びています。

インテージは値上げ幅が大きくなると販売数量が減少する傾向があると分析していて、物価高に消費が追いついていない現状が浮き彫りとなっています。

 

▽「売上額」が念頭に?

 

 「食品値上げに消費追いつかず」は文章として意味不明なばかりでなく、そもそも見出しに加える必要もない。「値上げ食品の販売大きく落ち込む キャノーラ油4割減 小麦粉3割減」で十分だろう。値上げによって消費が減る道理は小学生でも知っているし、冗長である上に「食品」を2度連呼すること自体いかにも見苦しい。

 

 百歩譲って、どうしても筆者の気が済まないというのであれば、「食品値上げで消費落ち込む」「値上げ食品から消費者遠のく」など、記事の趣旨に沿った分かりやすい表現を選ぶべきだった。あるいは、あえてそうしなかったのか。

 

 「値上げにつれて消費=販売数量が増える」──。シェークスピアの悲劇「マクベス」の「森が動く」ような不条理にも見えるが、あえてここは柔軟に考えてみよう。果たして生活必需品の「消費」というものが、値上げに対して数量ベースで「追いつく」性質を持つような前提が成立し得るのか。成立するならば、それはいかなる状況か。

 

 消費者が過剰に物価の先行きを憂慮し、恐慌状態に陥って買い溜めに走るようなケースだろうか? コロナ禍初期にトイレ紙やうがい薬が店頭から消えたような事態は、転売屋などの思惑が絡んだ一時的なものでしかなく、昨今の食品値上げとは根本的に性質が異なる。ましてや記事が取り上げているのは消費期限の限られている食料品である。そしてコロナ禍並みに憂慮すべき事態と捉えているような記述は、ご案内の通り記事のどこにもない。

 

 食品がトイレ紙並みの恐慌にさらされる事態というのは、戦後生まれの私たちの想像を超えている。生死に直結するだけに恐怖は恐怖を呼び、食パン一斤・米一升に天文学的値段をつけられかねず、もはや「追いつかず」どころの話ではないが、まともな政府であればそんな事態を放置しているはずはないだろう。

 

 というわけで、結論は一つに絞られざるを得ない。

 

 多くの良識ある人はとっくにお気付きのように、この奇怪な一文「食品値上げに消費追いつかず」に表れているのは、発表内容とは全く無関係な「筆者個人の問題意識」なのである。筆者は発表の主眼である販売数量よりも「売上額」の方を気に掛けるあまり、つい余計なひと言を書き加えてしまったのだ。「これだけ値上がりしているのに、販売の落ち込みが著しいため、金額ベースでプラスになりそうもない」──。それ以外に解釈のしようがあるだろうか?

 

 要するに筆者はこの文言を加えることで、大幅値上げに伴って期待された売上額の増大が、販売数量の減少によって削られてしまうことへの懸念をにじませたのである。

 

 発表資料を見れば分かる通り、取り上げられているのは①2020年と比較した品目別の店頭価格変動②販売数量の推移──の2点だけで、金額ベースの売り上げ数値は含まれていない。そして記事の最終段落で紹介されているような「分析」(!)に該当する部分も、少なくとも資料中には見当たらない。

 

www.intage.co.jp

 

 報道機関は発表案件の枠にとらわれる義務などないのだから、売上額に強い関心があったなら、記者独自の調査によって販売減による影響を詳らかに報じるやり方もできただろう。しかし残念なことにそうした発想は筆者にはなかったようだ。あるいは、調査会社がわざわざ提供してくれた「やっつけ仕事」の、矩を越える振る舞いだと思って遠慮でもしたのだろうか? ならば意味不明な文言を交えていたずらに読者・視聴者を困惑させるよりは、発表資料を右から左に流すだけで十分だと思うのだが、そうもいかない事情があったならまた違った話になる。

 

 小さな不可解であるにしても、物価高騰下での消費動向をめぐる官民の思惑というマクロな状況が反映されているのではないか。そう捉えるなら、軽々に見過ごすわけにはいかない。

 

▽やはり関心事は「消費税収」か

 

 先ごろ発表された2022年度一般会計税収動向によると、消費税決算額は前年度比1兆1907億円増(5.4%増)の23兆793億円となった。もちろん消費が伸びたのではなく、物価上昇が消費の落ち込みを上回っただけの話である。

令和4年度一般会計税収の予算額と決算額(概数)=財務省

 本体価格の上昇が事実上の増税となる性質から、前年に続いて23年度も消費税収が一層の伸びを示すのは間違いなく、財政当局は熱い期待を寄せていることであろう。人間とて生物である以上、食べなければ生存できないのだから、食品価格が高騰していることは消費税にとってまさに鉄壁の増収要因である。

 

 それでも人間は、実質賃金も右肩下がりで将来への暗雲が立ち込める中、どうにかして自分と身内の生存を図ろうとする。値上げの著しい商品は避け、不要不急の嗜好品は見直し、必死にやりくりをする。当然の帰結として、キャノーラ油から安価なサラダ油へ顧客が流れるような購買対象の移動も起きる。むろん奢侈品などには目もくれない。これらは税収の下押し要因になるので、財政当局にとってはありがたい話ではない。

 

 本稿前段で言及した販売数量と売上額の相関関係を、目に見える形で数値化しているのが以下に示す総務省8月家計調査報告(2人以上世帯対象)だ。販売数量を「実質」、売上額を「名目」に当てはめて理解していただきたい。辛うじて名目消費支出が前年同期を上回った(1.1%増)ものの、実質では2.5%減であり、今後名目支出がいつマイナスに転じてもおかしくない実態を示している。そうなればもちろん税収も足を引っ張られることになる。

家計調査報告-2023年(令和5年)8月分-(総務省)より

 そもそもなぜ、これほどの物価上昇が起きているのか。昨年来の急激な円安が主因であるのは周知の通りだ。ご存じ、忌むべきアベノミクス負の遺産である。皮肉なことに「アベノミクス円安」は、今や故安倍晋三元首相の悲願であった国防力増強の足を引っ張ってさえいる始末である。23年度以降5年間に見込まれていた防衛費43兆円が、実質的に8000億円以上も目減りしたとの報道もある。

 

 何たる悲劇!!! 国民が血涙とともに国家に貢いだ消費税の増収分は、既に・・その大半が霞のように消えてしまったではないか! これはいったい誰の仕業だ? 責任者はどこへ行った!

www.tokyo-np.co.jp

 

 お分かりいただけただろうか。生活必需品の値上げに「消費が追いつく」ということは、現状では国の税収が安定するための必須条件なのだ。同時にそれはこの国の、ある特定領域に属する人々にとって、庶民のまことにいじましい算盤勘定などをはるかに超越した「国是」なのである。

 

 老婆心ながら付け加えるが、そうした考えを主張すること自体が間違いだというのではない。それが報道人としての問題意識であるならば、読者・視聴者が理解できるだけの材料をそろえて提示し、論点を明確にして説明すべきなのだ。なぜそれをしないのか。

 

 理由ははっきりしている。労力を惜しむ以前に、そんな主張に合理性があるとは初めから考えてもいないからだ。

 

 バカ正直に「国家のために国民はもっと積極的に消費しろ!」と叫んで火ダルマになるのは回避しつつ、「奇形」とも言える文言を仕込んでサブリミナル的な効果を狙った。それだけの話であろう。

 

 「値上げに消費が追いつく」未来を手繰り寄せ、万難を排して税収増を確保しなければならない喫緊の要請が先に立っているならば、報道とは無縁な〝異言〟を記事中に忍ばせることも辞さない。後ろめたさが残っているから文章が破綻するのではなく、破綻させること自体が目的化している。今回の事例には、そういう自らの姿勢を恬として恥じない「おごり」が透けて見えるように感じる。

 

 自分でそれと知らず結果的に人を欺くのは阿呆だが、全てを承知の上で人を誤らせるのは詐欺師である。