株=毒饅頭による「1億総与党化」への道

 自民党経済成長戦略本部が先月30日、岸田文雄首相に対し「新しい資本主義の実現のための成長戦略についての提言」を行った。速報としていち早く取り上げたTBSをはじめ、メディア各社の報道では「1億総株主」の文言が見出しに躍り、巷間様々に物議を醸すこととなった。ただ、家計金融資産の投資促進を求めた問題の部分は27ページに及ぶ提言書のごく一部に過ぎない。つまり、提言書から「1億総株主」をクローズアップしたのはメディアによるニュース判断であることをまず念頭に置く必要がある。

 

https://jimin.jp-east-2.storage.api.nifcloud.com/pdf/news/policy/203675_1.pdf

 

自民党経済戦略会議「新しい資本主義の実現のための成長戦略についての提言」より

 既に4日前の事前報道段階で、「何がニュースか」は固まっていた。提言書では「NISA制度の抜本的拡充など」とぼかした言い方になっているが、具体的には下の記事で挙げられている「つみたてNISAの非課税枠拡大」として実現が図られるらしい。一方、提言書をアップしている自民党のページ上では「イノベーションを起こし、生産性を抜本的に向上させ成長力を高めていくため、必要な財政出動は躊躇なく機動的・計画的に行うとともに、規制・制度について不断の見直しを行うことも必要です」等々と述べられてはいるが、そこには「1億」もなければ「株主」の「か」の字もない。

 

 要するに、27ページにわたる提言書から「1億総株主」をピックアップしたのは表向きはあくまでもメディア側の判断なのだ。しかしこれらが、7月10日投開票予定の参院選を視野に入れ、自民党とメディアとの間で詳細を取り決めて整然と挙行された儀式であることはいまさら疑う余地もない。

 

 問題はその狙いが何なのかというところにある。

 

digital.asahi.com

www.jimin.jp

 

▽なぜ内閣支持率は下がらないか

 

 貯蓄偏重とされる民間の金融資産を投資へ振り向けようと、政府は2000年代から金融機関と一体で「貯蓄から投資へ」をスローガンに旗を振ってきた。一人当たりの預金保証額を元本1千万円とその利息までに制限する「ペイオフ」の解禁、日本型の確定拠出年金やNISAの導入、預金金利の低下などが呼び水となり、この十数年間に細々とではあるが、半ば追い立てられるような格好で預貯金からリスク投資への流れが作られていった。そしてこれらは、自公政権の「1丁目1番地」の政策でもあった。

 

 麻生太郎氏が首相であった2008年10月にリーマンショックが起き、日経平均株価終値ベースで7000円台まで下落した。その後民主党政権へ移行し、東日本大震災後も株価は8000円から1万円の間を上下していたが、2013年1月に第2次安倍政権が発足して以降、「アベノミクス」によって日経平均株価は上昇を続け、2万円台を突破。コロナ禍による乱高下はあったが、菅義偉内閣発足後は一時3万円台に達し、現在でも2万7000円台にある。桁が一つ下の時代を考えれば、確かにこれは驚異と言ってよい。

 

 しかしこの株高は、日銀による無制限の国債買い入れ年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)による年金積立金の株式運用比率を2倍に増やすことなどで強引に演出されたに過ぎない。それでも投資家は、禁断症状を恐れるかのように、こうした「官製相場」の終わりなき継続を望むようになる。このことは、個人型の確定拠出年金iDeCo)であれNISAであれ、株価連動型の資金運用を行う限り同じである。そして「貯蓄から投資へ」の流れが拡大するにつれ、株価を維持してくれる政権与党がどのような不祥事を引き起こそうとも許してしまえる層が確実に広がっているということには特に不思議はない。リーマンショックのような巨大な経済破綻を経験した後ならなおさらであろう。

 

 日経平均が安定的に2万円台で推移するようになって5年が経とうとしている。勤め先の都合などで「市場参加者」たる道を選ばされてしまった場合、政権交代によって官製相場が終焉を迎え、1万円台あるいはそれ以下の昔に回帰するなど考えられるだろうか? これらの人々にとって安倍晋三元首相らが口にする「民主党政権の悪夢」は、懐に直接響く話として現実味を帯びているのだ。内閣支持率が下がらない理由はこんなところにもあるのかもしれない。

 

 要するに今回の「1億総株主」化は、以上のような経緯を踏まえ、改憲その他の達成に向けて金で縛り付けた「利害関係人」をさらに増やす方策として打ち出されたとみてよかろう。「官製市場の永続」という毒饅頭を食わせる代わりに、どんな理不尽も受容しろというわけである。そして新聞やテレビといった旧時代のメディア特有の利害が、こうした政権与党の思惑と一致しているとも考えられよう。

 

▽「金目の期待」が支える政権の安定

 

 今年の東京株式市場大発会の1月4日、日経平均は昨年末比510円08銭高の2万9301円79銭円で取引を終えた。これは同日夜配信された記事である。

 

digital.asahi.com

 

  記事中、市場関係者は今年の日経平均の値幅を以下のように予測している。

 

 【野村証券・池田雄之輔氏】

 2万8千~3万4千円

 

 【三菱UFJモルガン・スタンレー証券・藤戸則弘氏】

 2万7千~3万3500円

 

 【ニッセイ基礎研究所・井出真吾氏】

 2万8千~3万3千円

 

 さて、早いもので2022年も残りあと半年となった。ロシアのウクライナ侵攻を経て一時は2万4千円台まで落ち込んだ日経平均株価だが、今や遠い夢のように感じられる3万3千~3万4千円台にタッチするには何が必要なのだろうか?

 

 例として、大発会日の終値日経平均連動型の投資信託を購入した個人投資家を考えてみよう。1月5日以降これまでただの一度として終値が2万9千円台を回復できた日はなく、6月1日現在でこの人は約1840円相当分の含み損を抱えていることになるのだが、「終わりなき官製相場」に挽回の望みをつなぐとしたら、政権交代など夢にも見たくはあるまい。与党がこうした金目の期待に支えられている限り、来たる参院選で野党が勝利できる可能性は限りなく小さい。

 

 お金がなくなれば人は野垂れ死にするしかない。そして経済成長の芽も見つかり次第に摘まれてゆく観があるこの国で、金以外の何に希望を見いだせばよいのかという話でもある。