「違法状態」の学術会議が問われる適格性──軍民両用問題をめぐって

 10月1日付の赤旗特報が発火点となった日本学術会議会員6人の任命拒否問題は、政府側が拒否理由を明確にしないまま、あれよあれよという間に学術会議という組織の在り方に論争が広がった。遂には同会議が禁忌としていた科学技術の軍民両用(デュアルユース)研究について再検討するよう政府が求めるところまで話が進み、いつの間にか学術会議は崖っぷちに立たされている。

 

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▽軍民両用という「諸刃の剣」

 

  「105人の推薦者のうちなぜ6人の任命を除外したのか」について、政府はいまだに理由を明らかにしていない。当該の6人が自公政権に批判的だったからと憶測はできても、政府は認めたわけではない。軍事目的の研究を行わないとする1950年と67年の声明を踏襲した「軍事的安全保障研究に関する声明」(2017年3月)以降、軍民両用をめぐって与党との間で軋轢が深まっていることもまた会員人事と直結している話ではない。

 

 本筋であったはずの任命拒否問題について政府が説明をはぐらかし続けている間に、学術会議自体に改革を促す議論は異様な早さで進んでいる。与党が防戦に回っているような報道(※1)が11月10日の時点でもあったが、実際は産業界と政府が歩調を合わせて産業界会員の増員や一層の軍民両用を促すなど、「逃げ切り」どころか、搦め手から本丸に攻め入っているような観がある。

 

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  軍民両用推進を打診したことが明らかになった17日の参院内閣委のやり取りはどのようなものだったのか。

 

 (山谷えり子=自民)10月8日、私は参院内閣委で、学術会議が中国科学技術協会と協力促進を図る覚書を締結する一方、国内の軍事科学研究を忌避する声明を出していることを取り上げ、「これはおかしな姿勢ではないか、技術の流出問題をどう考えているのか」とただした。現代は民生技術と安全保障の技術の境界がなくなってきている。インターネット、カーナビ、GPSシステム、みな軍事というか、安全保障研究から始まっている。学術会議は、国民の生活を豊かにし、国民の命を守るための研究、学問の自由をむしろ阻んでいるのではないかという声もたくさん上がってきている。経済安全保障問題、デュアルユース、中国への技術流出をどう考えるか、ここはポイントだと思う。特に現時点、この、今の社会では、自由主義社会も非常に懸念しているポイントである。改革の検討項目にぜひ入れなければならない、それをあえて入れてこない、井上大臣はもしかしたら(梶田隆章会長に)「入れてください」とおっしゃられているのかもしれないが、あえて入れないでスルーして年内に報告書を持ってこられても、自民党としては受け止められないし、このような姿勢は国民がまったく理解できないと思う。しっかりと書くようにおっしゃってください。今の答弁ちょっとあいまいだったものがあるのでもう一度お願いする。

 

 (井上信治科学技術担当相)委員ご指摘のいわゆるデュアルユースの問題について、私としてもやはり時代の変化に合わせて、冷静に考えていかなければいけない、そういう課題だと考えている。このことについても梶田会長と話をしている。だから先ほど申し上げたように、まずは学術会議自身で、どういった検討をするかということで、今待っているが、しっかり意見交換しながら、未来志向で取り組んでいきたい。

 

 山谷氏が質問で取り上げた「経済安全保障問題」「デュアルユース」「中国への技術流出」の3項目は相互に無関係とは言えないが、それぞれ個別に独立したテーマである。特に「デュアルユース」は民間の技術研究を軍事に積極利用するという話であって、技術の流出防止を主眼とする他の2項目とはまったく異なる。この観点に立てば、質問の趣旨は機微技術の流出懸念に重点を置いているようにも解釈できるのだが、井上担当相の答弁は軍民両用のみを取り上げ、他の2点には言及していない。

 

 いわゆる経済安全保障問題はほぼ対中国懸念を看板に掲げており、井上氏は「ことさら言及するまでもない」と考えたのかどうか。では、山谷氏が学術会議の17年声明と並置して「おかしな姿勢だ」と糾弾した中国科学技術協会との覚書(2015年9月)とはどのようなものなのか。

 

http://www.scj.go.jp/ja/int/workshop/abstract.pdf

 

 覚書のどこにも軍事利用をにおわせる文言は出てこない。「そんなのは当たり前だ」と片付ける前に、考えるべきことがある。

 

 (1)日本の学界を代表する組織がGDPで世界第2位の大国と学術面での協力関係を忌避するならば、逆にその理由が問われるのではないか?

 

 (2)同盟国という理由だけで、科学技術に関する協力が米国側一辺倒となることが完全な安全保障につながるのかどうか?(※2)

 

 学術会議の17年声明には次のような一節がある。

 

 研究成果は、時に科学者の意図を離れて軍事目的に転用され、攻撃的な目的のためにも使用されうるため、まずは研究の入り口で研究資金の出所等に関する慎重な判断が求められる。大学等の各研究機関は、施設・情報・知的財産等の管理責任を有し、国内外に開かれた自由な研究・教育環境を維持する責任を負うことから、軍事的安全保障研究と見なされる可能性のある研究について、その適切性を目的、方法、応用の妥当性の観点から技術的・倫理的に審査する制度を設けるべきである。 

 

 軍事転用の可能性を絶えず念頭に置きつつ、国内外を問わずこの趣旨が徹底されるなら、中国科学技術協会との覚書と何ら矛盾は生じない。つまり、15年度発足した防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」のような国内資金だけでなく、外国からの資金提供に対しても審査が厳正に行われれば、投げたボールを中国側がどう返すかの疑義は残るにせよ、少なくとも経済安全保障の面でも前進は期待できる。

 

 軍民両用には①民生目的の研究成果が軍事目的にも使われる②軍事的組織が資金を出した研究成果が民生的な目的にも使われる──という二つの方向性があるとされるが(※3)、鶏と卵の関係のように両者が渾然一体となっている実態もあろう。ただ、最初から軍事目的である後者の場合、自由な研究や情報公開は安全保障上の観点から制限を受ける。学術会議が政府から報告を求められているのが後者だとすれば、軍事上の秘匿性が最優先された上での研究となるが、それを国民は黙視してよいのだろうか。

 

 ここでそもそもの話をしておく。今の日本政府の下で100%軍事転用を許すことは、その相手が中国である場合と比較して、100%安全と言えるのかどうか?

 

 もちろん、「国民こぞって中国に身売りしても構わないじゃないか」などと言っているのではない。与党や官僚組織が自身の利害を国民の利益と同一視させようとする誘惑に捉われるのは、どこの国だろうと同じだということである。

 

 自民党公明党が与党であるのは選挙の結果だが、与党=国民ではない。現時点で政権を掌握しているに過ぎない事実は、選挙を抜きにすれば中国共産党も変わらない。国民は、軍事組織がもっぱら国外の敵対勢力のみと戦うためにあると盲信し、そこで思考停止していいのかどうか? なぜ自公政権はこうも声高にかつ前のめりで軍民両用を進めようとしているのか?

 

 

▽「違法状態」下における報告の効力とは

 

 ここで原点である任命拒否問題に立ち返ってみた場合、現時点での日本学術会議の「正統性」にも疑問が生じてくる。任命拒否の適法性に対する疑義が払しょくされないまま「政府への提言機能や情報発信力」などを含めて年末までに報告を行ったとしても、それが効力を持ち得るのかどうか。

 

 早大教授の豊永郁子氏が適切な解説をしている。

 

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 豊永氏によれば、政府が「推薦通りに任命すべき義務があるとまでは言えない」と繰り返すのは、推薦を受けた会員候補に犯罪や不正行為が発覚した場合に限っては正しい。そうしたケースでも推薦通りに任命すれば、行政として不作為の責任を問われる。すなわち、「総合的・俯瞰的活動」や「多様性」を確保する観点から任命拒否をするというのは、学術会議法の趣旨からして首相の権限には含まれていない。結果「『統治者が法に従わない』、これはティラニー専制政治)の定義だ」(豊永氏)ということになる。

 

 つまり、現時点での学術会議は正統性を失っており、政府への報告内容を決定する判断主体としての適格性は疑わしい。違法状態の下、本来は会員となるはずだった6人を欠く学術会議が政府に今後の改革方針について報告を行ったとしても、それは無効とみなされても仕方なかろう。客観的には「会長見解」程度にとどまるもので、少なくとも正式な同会議の総意とは言えない。

 

 それでも政府が有効だと強弁し、まかり通ってしまうならば、もはやこの国は法治国家 てい を成していないと言えるのではないか。

 

 任命拒否問題が発覚して以降、事態は与党が描いたシナリオに沿って進んでいるようだ。学術会議が「わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命とし、ここに設立される」とした日本学術会議法前文の精神を堅持する考えであるなら、周辺状況に流されることなく「総合的、俯瞰的」に対処すべき局面であろうと思う。

 

 そして国民は、▽どの時点で本格的な専制が始まるのか▽野放図に軍事転用を許すことが自分たち自身にとって何を意味するか──を念頭に置きつつ、注意深く監視していく必要がある。

 

 

※1 「自民、学術会議問題で「逃げ切り」に自信 「批判の電話も少ない」 月内に集中審議」https://mainichi.jp/articles/20201110/k00/00m/010/199000c

 

※2 「加速化する軍学共同」(2017.2 池内了)を参照。https://www.psaj.org/app/download/13385664289/ikeuchi-jpsa.pdf?t=1541943390

国防総省・国防高等計画研究局(DARPA)の活動実態については、須田桃子「合成生物学の衝撃」(2018.4 文藝春秋)に詳しい。

 

※3 「『軍事研究容認』と叩かれても伝えたいこと 大西隆・学術会議会長『避けてきたテーマに向き合う時』」2ページ(2017.4 日経ビジネスhttps://business.nikkei.com/atcl/opinion/16/031500046/040600006/?P=2