「視野の外にある」ということ──丸山「戦争」発言に関して

 北方四島ビザなし交流訪問に参加した丸山穂高衆院議員が「戦争による島の奪回」を口にした問題では、16日までに日本維新の会が同議員を除名、主要野党が議員辞職勧告決議案を出す方向で一致した。これに対し同議員は、辞職勧告が決議されても任期を全うする意向を明らかにしている。報道によると、丸山議員は11日午後8時ごろ、国後島の「友好の家」で開かれていた訪問団の懇親会で訪問団長への取材に割り込み、酒に酔った状態で以下のように発言したという。

 

丸山氏「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか、反対ですか」

元島民「戦争で?」

丸山氏「ロシアが混乱しているときに、取り返すのはオーケーですか」

元島民「戦争なんて言葉は使いたくないです。使いたくない」

丸山氏「でも取り返せないですよね」

元島民「いや、戦争するべきではない」

丸山氏「戦争しないとどうしようもなくないですか」

元島民「戦争は必要ないです」

朝日新聞報道より)

 

 発言が報じられた後、菅義偉官房長官は15日の会見で「不適切な発言」との認識を示し、党除名の措置を取った維新の松井一郎代表らも議員辞職を促すなど火消しに躍起となっている。しかし自民党内には、辞職勧告決議案の前例が刑事責任を問われた場合に多かったことなどを理由にした慎重論もあるという(記事参照)。

 

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 衆参同日選もささやかれる中、与党としては野党を勢い付ける材料は与えたくないところだろう。既に外交事案化しているのに極めてドメスティックな理由で辞職勧告を渋っているのは奇怪だが、そこにはむしろ丸山発言を奇貨として、改憲を視野に戦争行為へのフリーハンドを残したい底意も透けて見える。酔った頭でもそのあたりを忖度できたのはさすが元経産省キャリアであり、安倍政権的優等生と言えるかもしれない。ただ、そこに元島民の心情に対する配慮を認めることはできない。

 

 同議員のツイッターでの発言を見れば、問題発覚直後は「今回の件でご迷惑やご心配をおかけした全ての皆様へ心からお詫び申し上げます」と殊勝な態度だったものの、辞職勧告が取り沙汰され始めるとたちまち「言論府が自らの首を絞める辞職勧告決議案」と開き直った。せっかく手中にした議席を失いたくないのは分かるが、ならば「お詫び」の気持ちとは何だったのか。

 

 そして、実時間での戦争に露ほども想像力の及ばない1984年生まれの若僧が、89歳の元島民に「戦争しないとどうしようもなくないですか」などと詰め寄ったことの重大性を、政府・与党首脳が深刻に受け止めている様子も見られない。

 

 とにかく、時代は流れた。数少なくなった戦争経験者が発信する力を失い、戦争をアニメやゲームでしかイメージできない世代の声が軍需産業などの思惑をバックに世の中を覆うようになった。まして安倍政権が憲法自衛隊を明記しようと前のめりになり、それぞれに温度差はあれ大手メディアも改憲を煽っている現状では、丸山議員が強気の姿勢を崩さなくても驚くには当たらない。

 

 そして16日現在に至っても肝心なことが忘れられている。

 

 酔った勢いで丸山議員は「戦争しないとどうしようもなくないですか」などと口走った。多くの好戦的発言の例と同様、たぶん彼の意識の中には戦争の現場で敵―味方として対峙している兵士らの姿はない。特に、何よりも「敵」となる相手方が捨象されている。しかし、仮に彼の発言が火種となって実際に戦争が起こったらどうなるか。

 

 恐らく四島とその周辺が戦場になる。それらの地域には今、ロシアの住民が住んでいる。いかに不法占拠下であろうと、四島には彼らの生活の場と住居がある。そこが戦場になるということは、当然ながら住民の生命財産が脅かされ、損なわれる事態を意味する。

 

 曲がりなりにも国会に議席を占めている以上、こうした諸事情をすべて承知の上で「任期を全うする」と言っているのだと考えたい。寛大極まりない日本国民が「酔っ払いのたわ言」程度で水に流し、「リアルな戦争」のイメージを誰一人として持とうとしなかったとしても、ロシア側はどうだろう。まして国境を接する四島の住民ならば、国会議員による発言として重く受け止め、具体的な避難の手順等についてあれこれ考え始めていても不思議はないのではないか。

 

 過去四十数年の間に、アフガニスタンチェチェンで「アニメやゲームではない」戦争の当事国であった国民の戦争に対する体感を、国会議員が酔いに任せて戦争を叫ぶほど平和ボケの極みにある国と同列に扱うなどバカげていると私は思う。しかし、国際社会ではそんなことは認められない。

 

 戦争になれば兵士だけでなく、民間人の生命財産も損なわれる。にもかかわらず16日深夜の時点で、ロシア住民の間に生じたかもしれない不安に対し、日本政府あるいは与野党といった公式なルートからお詫びなり遺憾のメッセージが発せられた様子はない。私が寡聞にして知らないだけだろうか。

 

 今さら丸山議員の不適格性は言うまでもないが、彼のような人物を国会に送り込んだ党もしかるべく責任を負わなければならない。維新代表の松井一郎氏は直ちに国後島に出向き、「至らざる者の無思慮な発言で不安を与えた」ことをロシア住民に謝罪すべきである。公的機関への対応は政府に任せておけばよい。あくまでも住民に対してであり、誠意を尽くす方法としては土下座するのもありだろう。

 

 また、メディアは丸山議員の出処進退を追うのはほどほどにし、四島住民が発言をどう受け止めているかを報道すべきではないか。

 

 このまま彼を議席に居座り続けさせれば、日本に対する国際世論の評価は日を追って失墜していくだろう。あるいは「むしろ本意だ」と開き直るつもりか。いずれにせよ政府・与党の視野には、日露いずれの「国民」も入っていないようである。